
加藤雄吉の記念碑
加藤雄吉は明治6年(1873年)に串木野麓で生まれた。 16歳で東京法学院に学び桂園派の流れを汲む歌人松浦辰男に入門。門下生...
加藤雄吉は明治6年(1873年)に串木野麓で生まれた。 16歳で東京法学院に学び桂園派の流れを汲む歌人松浦辰男に入門。門下生...
旧入来邸武家屋敷(奥田家管理)は郷士年寄格で本市に所在する武家屋敷を代表するものであります。参勤交代の道中に持ち帰った伝わる五葉松やイヌ...
串木野氏は、薩摩郡本地頭(ほんじとう)平忠直(たいらのただなお)の子、串木野三郎平忠道(たいらのただみち)に始まり、2代忠行・3代忠秀・...
この大中公の廟は、島津家久が元亀元年(1571)串木野と隈之城の地頭を兼務したとき、その翌年6月22日父貴久の御霊を迎えたものである。ま...
薩摩藩士。政治家。明治4年に上京し警視庁の羅卒。後に少警部となる。東京で西郷隆盛と知り合い西郷より「致堂」の号を与えられる。 征韓論に...
御祭神 建御名方命(タケミナカタノミコト) 八坂刀売命(ヤサカトメノミコト) 由緒 創建年代は不詳であるが、毎年七月二十八日...
「この東西にわたる壁面は、串木野城外曲輪の一部である(現在の石垣は明治30年前後に築かれた)。上の住宅地区が地頭仮屋跡で広さは約33アー...
初代城主は、串木野三郎平忠道(たいらのただみち)(薩摩郡本地頭(ほんじとう)平忠直(たいらのただなお)の子)で、5代忠秋は南北朝合戦で南朝...
串木野麓案内マップⅡ 歩いてわかる串木野麓マップ 麓史跡案内 ■串木野城跡 ■地頭仮屋跡 ■南方神社 ■長谷場純...
冠嶽は、修験者の山です。 その守り本尊の不動明王像がここ仙人岩の中腹に安置された訳は、修験者であった奥田家の先祖がここに登って降りられ...
※現在「鹿児島県歴史資料センター黎明館」にて寄託保管 奥田家に西郷南洲書が一筆残されている。 裏面上部に小さな文字で「明治三年八...
いちき串木野市の長崎鼻海岸には,明治から昭和にかけ実在した歌人,柳原白蓮の残した詩の歌碑があります。 柳原白蓮は,NHK連続テレビ小説...