旧入来邸武家屋敷と古木


旧入来邸武家屋敷(奥田氏管理)は郷士年寄格で本市に所在する武家屋敷を代表するものであります。参勤交代の道中に持ち帰った伝わる五葉松やイヌマキは樹齢300年ともいわれ1700年代にはこの場所に邸宅を構えていたようです。


屋敷の二階には隠し部屋があり、伝説によると西郷隆盛が密会場所として使用したと言われています。
また、第二次世界大戦中には軍の施設として使われ、その際に壁面に迷彩柄を施したそうです。その迷彩柄は今も残っています。
入来家は明治時代、金山経営や養蚕などの事業に成功し記録によると50人程の宴会のできる二階建ての石蔵があったそうです。この石蔵の石材は大正~昭和初頭に行われた串木野港(現・小瀬港)の修築に使われました。

外部リンク:入来家文書


イヌマキ

ゴヨウマツ

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コメント

  1. 福留清博 より:

    はじめまして

     1月24日日曜日、おたくのサイトを頼りに、鹿児島市より出向いて串木野麓を5500歩ほど散歩しました。印象を述べさせていただきます。

     串木野の麓がどこなのか初めて知ることが出来ました。有難うございました。道はきれいになりましたが、古いものは、失われ、部分的に残されている印象でした。その中で風格があったのが旧入来家住宅です。気の弱い我々夫婦は、表札に奥田と書かれていたので個人宅と思い、外から拝見するだけでしたが、壁や武家門は立派でした。せっかくサイトを開かれているのでしたら、個人宅で立ち入りはご遠慮くださいなどサイトに書き加えていただけると判りやすいかと思います。

     麓歴史資料館も訪問したかったのですが、観光案内所では私設で特別なイベントの時だけ開館するとのことで訪問を断念しました。

     私は趣味でキリシタンについて調べていて、串木野は気になる場所なのです。元和三年にイエズス会士コーロスが徴収した全国キリシタン証言文書には薩摩からの証言も納められており、串木野から信徒代表が一人署名しています。その名は村田勝左衛門 洗礼名了悟 (Diogo)で、名前からすると武士です。郷土史の本など調べましたが該当する人物みつけることは出来ていません。武家ですので当然400年前は麓に住んでいたのでしょうね。何か遺物が残されていないか気になっています。とりとめのない話失礼しました。

    • kushikinofumoto より:

      福留清博様
      コメントありがとうございます。
      このサイトは甥っ子が立ち上げてくれていまして、私(奥田順子)は最近ログインできるようになり貴殿のコメントを読ませていただきました。だいぶ以前に寄せていただいていたのですね。ありがとうございます。せっかくお尋ねいただいたのに申し訳ありませんでした。個人宅ですが公開しております。
      また是非お立ち寄りください。
       残念ながらこの串木野麓は見事に区画整理されてしまいこの辺り一角しか残っておりません。外からいらしたほとんどの方は唖然とされてしまいます。私とてそうですから・・ この5月に県内9市の麓が日本遺産認定になりましたが、この麓もかろうじてぶら下がった感じです。厳選なふるいにかけられていたならもしかしたら目から零れ落ちていたかもしれません。
       村田勝左衛門 洗礼名了悟 (Diogo)についても探ってみたいと思います。
       このメッセージが届くことを願っております。  奥田順子拝